映像の世紀コンサート

映像の世紀は戦後50周年、NHK放送開始70周年、そして映像発明100周年を記念して制作されたNHKのドキュメンタリー番組です。

初回放送から20年以上経ってもNHKスペシャルの中でも人気の高い番組です。

その映像の世紀を巨大スクリーンに写し、ピアノとオーケストラによる生演奏によるコンサートが開催され行ってきました。

場所は大阪のフェスティバルホール。

音響のすばらしいホールで聴く生オーケストラと映像の世紀はとても迫力があり、視覚と聴力の相乗効果で感動は倍増でした。

映像が発明されての100年は戦争の歴史でした。

第一次世界大戦、ヒトラーの登場、第二次世界大戦、東西冷戦、ベトナム戦争と映像は人間の罪と愚かさを如実に淡々と伝えます。

数多くの戦争で貴重な命が奪われ、人々の暮らしが破壊されても人間は争いを止めようとしません。

しかしながらエンディングで流れた人々の笑顔が未来への希望を感じさせてくれます。

次の100年は争いのない平和な時代を作り上げ、人間のすばらしさを証明したいものです。

星空の映画祭

酷暑の大阪を離れ、長野県に行ってきました。

そこで偶然みつけたのが星空の映画祭。

星が美しい原村で夏の間だけ開催される野外映画会で、なんと今年で33回目という恒例行事だそうです。

八ヶ岳自然文化園の野外ステージで毎晩8時に開始されます。

のんびり野外で映画を観るのはどんなものだろうと軽い気持ちで行ってみたら、当日券を求める長蛇の列。

なんとかぎりぎり入場できたと思ったら野外ステージは1000人を超える人で埋まっておりました。

でもそこは日本人のマナーの良さでしょうか。1000人以上いるのに騒がしさはなく、お互いに気を使いながら快適に観賞できるように気を配っています。

かすかに聞こえる虫の声、風に運ばれてくる森の香り、見上げると満天の星空、自然と見事に調和した野外映画会。感動です。

この環境を考えた人はすごいです。

そして何よりも33年も続けているボランティアの方々がすごいです。

日本の素晴らしい一面を感じた夏の思い出でした。

いちご大福の粉

聞いた話です。

男性上司と女性部下がお客さんのところへ向かう途中で何気ない会話がかわされていました。

女性部下 「いちご大福は本当においしいですね。」

男性上司 「おいしいね。」

女性部下 「お店で売ってたら思わず買って、すぐ食べてしまいます。」

男性上司 「そうだね。そんな時もあるよね。」

ひとしきりいちご大福がいかにおいしいかを話しながらとあるオフィスビルのエレベーターに乗り込みます。満員のエレベーターの中で女性部下は続けます。

女性部下 「歩きながらいちご大福を食べると口の周りに白い粉がつくじゃないですか?そ れって気になります?」

男性上司は満員のエレベーターの中で話し続ける女性部下にあぜんとしました。この話を早く切り上げたい男性上司は言いました。

男性上司 「気にならない。」

シーンとしたエレベーター内に突き刺さる視線。

全員がこの話を聞いていて、その答えに反応したのです。

その男性はエレベーターが到着するまで「口の周りについたいちご大福の粉を気にしないデリカシーのない男性」という烙印を押され、冷たい視線にさらされました。

もし自分が同じ立場なら、どう言っただろうかと悩みます。満員のエレベーターに乗る時は少し緊張してしまいます。

クソ野郎と美しき世界

先日、東京に出張した際にすごい数の人たちが並んでいる場所がありました。

その場所は日比谷にある帝国ホテルの商業施設、帝国ホテルプラザの1階で普段はとても静かな場所です。

殺到する人々に入場整理券を渡すスタッフがいて、整理券をもらった人々は静かに長蛇の列の後方に並んでいっています。

「なにごとか!」と好奇心を押さえられなくなった私は係の人に尋ねました。

「何があるのでしょうか?」

「クソ野郎と美しき世界のポップアップショップです」と美しい係の人が言いました。

「・・・・・」 意外な言葉に呆然としてしまいました。

私は知りませんでした。元スマップの稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾らが出演する映画「クソ野郎と美しき世界」のことを。

あまりのインパクトのある言葉に我を失いかけました。

その映画は「ぶっとんでるけど愛がある」 というコンセプトから始まった4本のオムニバス映画で、4月6日(金) から全国86(野郎)館で公開されます。

「新しい地図」という新しい場所で挑戦し続ける3人を応援したいと思っています。

竹田城

先日、雲海に浮かぶ姿で有名な竹田城に行ってきました。

竹田城は兵庫県の真ん中ぐらいに位置しており、大阪から車で約2時間くらいです。

1443年に完成しましたが、1600年に廃城となっています。

竹田城跡の一番の魅力は、石垣がほぼそのまま残っているところです。

自然石をほとんど加工せずに積み上げられるため、大小さまざまな大きさの石が組み合わさっています。

当時、竹田城の石垣を積んだ職人集団には「石の声を聴き、石のいきたいところへ置け」という言葉が伝えられているそうです。

職人技で積まれた石垣は400年以上たった今でも荘厳な姿を見せてくれています。

今回の訪問では、あいにく雲海は見ることができませんでした。

雲海には発生する時期と条件があるそうです。

それは9月から12月、前日の夜に冷え込み翌日よく晴れて暖かく風が少ない時だそうです。

その瞬間は静寂に囲まれ、鳥のさえずりさえも雲海に吸い込まれていく感じだそうです。

雲海に出会うために何度も来る人が多いそうです。

ストラディヴァリウス

ストラディヴァリウスとは1644年に生まれたアントニオ・ストラディヴァリが製作したヴァイオリンの世界的名器。

先日コンサートを聴きに行った千住真理子さんがそのストラディヴァリウスを所有しています。

現在ストラディヴァリウスを持っている人は世界でたった4人しかいません。

千住真理子さんの所有しているストラディヴァリウスはデュランティの愛称で知られています。

そのヴァイオリンはストラディヴァリが1716年に製作してすぐにローマ教皇クレメンス14世に献上され、その後フランスのデュランティ家に約200年所蔵されていました。

その後、このヴァイオリンはスイスの富豪の手に渡りましたが、その約80年後の2002年にその富豪が演奏家のみを対象に売りに出されたため千住家が2億~3億円(推定) で購入しました。

その際、次兄の千住明氏が「僕が何とかする」と言って長兄の千住博氏と連携してお金を必死に集めたと言われています。

ストラディヴァリウスは非常にデリケートで湿度が高いと壊れてしまいます。

そのため千住家ではストラディヴァリウスをヴァイオリンケースに入れ、さらに室内に湿度計を3つ置いて湿度のチェックをしながら大切に保管しています。

又、ストラディヴァリウスを飛行機で運ぶ時は、ストラディヴァリウスのために飛行機の座席を1人分用意し、ストラディヴァリウスにシートベルトをかけ、さらにクッションを敷いて置いているそうです。

千住ファミリー

先日、千住真理子さんのヴァイオリンコンサートに行ってきました。

千住真理子さんは2歳半よりヴァイオリンを始め、全日本学生音楽コンクール小学生の部で全国1位を獲得。12歳でNHK交響楽団と共演し、プロデビューをしました。

その後もレウカディア賞受賞。パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞と輝かしい功績を残しています。

千住ファミリーは父(工学博士、慶応大学名誉教授) 母(エッセイスト、教育評論家) もすごいのですが、真理子さんの長兄はあの千住博氏(日本画家) 次兄は千住明氏(作曲家) という一家そろって才能あふれる一家です。

そんな千住家の母方の祖父は千住兄妹が音楽を親しむきっかけを作った人物でアインシュタインとも面識があったそうです。

その祖父が自宅で亡くなったときに千住明氏がその場で作曲したという「ラストナイト」

千住真理子さんのコンサートではその「ラストナイト」をはじめショパン「別れの曲」 ドビュッシー「月の光」など15曲。

時として軽んじられてしまう演奏時間の短い「小品」を重視している千住真理子さんならではの選曲です。

そこには短いけれど親しみやすい作品を弾き続ける千住真理子さんの多くの人に親しんでもらいたいという思いが感じられます。

退院での気づき

先日、約2週間の入院生活を経て、退院することが出来ました。

まさかこんなに長く入院をするとは夢にも思わなかったです。

私の人生においても大きな病気の経歴はないので、入院自体もはじめてでした。

はじめの一週間は治療のため絶食で、点滴のみで栄養補給をしていました。

人間は食べなくても点滴で生きられるのだと実感致しました。

それから三分粥、五分粥、七分粥、全粥、普通食とおなかがびっくりしないように徐々に段階を踏んでいっての退院です。

入院生活中は安静第一なので新聞、テレビが相棒でした。

おかげ様で衆議院選挙、ドラフト会議についてはかなりの情報通になれました。

2017年の選挙、ドラフト会議はある意味忘れられないものになりました。

そしてなによりも感謝したいのはサロンドグレー、クレッセントの社員さんたちです。

つらくて苦しい時もあったでしょうが、私のいない間、皆さんが協力して会社を守ってくれました。

本当にありがたかったです。

これからも健康第一に、明るく楽しい会社を目標に社員さんと共に歩んでいきたいと思っています。

入院での気づき

先日、おなかが痛くて眠れない夜がありました。

翌朝、大きな病院で診てもらうと即入院してくださいとのこと。

びっくりはしましたが、時折襲う激しい痛みをなんとかしてほしいという思いでいっぱいでした。

いろいろな検査の結果、病名が判明しました。

「絞扼性イレウス(腸閉塞)」

何らかの原因で腸管が締めつけられる病気です。

早速、手術が行なわれ無事成功しました。

たくさんの方々にご心配をかけてしまい申し訳ございませんでした。

ただ、はじめての長期入院生活で思うところもたくさんありました。

自分の回復を心より願ってくれている家族、親戚、社員さん、その他大勢の方々の存在に改めて気づけたことが一番大きかったです。

今、自分があるのはそのような人たちの支えがあってのことです。

神様がそのことに気づかせてくれたのかもしれません。

一日も早く皆さんの前に元気な姿を見せられるようにがんばります。

オードリー・ヘプバーン

先日、あるデパートで開催されていたオードリー・ヘプバーン写真展に行ってきました。

オードリー・ヘプバーンほど人々に愛され、後年まで語り継がれるスターはいないのではないかと思います。

少女のような清楚さ、子鹿のように愛らしい瞳、生まれもった気品、まっすぐな正義感、そして時代の流行を生み出してきたファッションセンス。

生まれながらのスターとばかり思っていました。

しかし、その写真展からかいま見る彼女の人生の成功は、才能ではなく努力のたまものであると感じ取れます。

少女時代はナチスの脅威にさらされた不安な毎日を送っています。

戦争が終結した後、フランス人作家コレットに見いだされ、舞台「ジジ」 の主役に抜擢されます。その後 「ローマの休日」 のアン王女役で華々しくハリウッドデビューします。

「麗しのサブリナ」 「ティファニーで朝食を」 「マイ・フェア・レディ」 と数々のヒット作に出演します。

その他にも心の葛藤に悩む修道女を演じた 「尼僧物語」、 幻想的な少女を演じた 「緑の館」 、社会派映画 「戦争と平和」、 西部劇 「許されざる者」 、レズビアンをテーマとした 「噂の二人」等、様々な役柄を演じ好評価を得ています。

それらは彼女のたゆまぬ努力の結晶なのです。

晩年はユニセフの活動に尽力し、アメリカ大統領から勲章も受けています。

米国映画協会が選定した 「最も偉大な女優50選」 で第3位にランクインしているオードリー・ヘプバーン。

彼女の人生や内面に思いをはせながら、まだ観ていない作品をじっくりと観てみようと思います。