イマドキのシェアビジネス 1

高度経済成長期からバブル期まで日本は車や家、自社ビルなどの所有欲が日本経済の原動力になっていたのではないかと思います。

バブル崩壊後は国内景気が低迷し、消費形態に変化が生じてきています。

モノを持つという所有の概念から共有するというシェアの概念に変わってきているようです。

戸建ての住居やマンションを数名で住み、自室以外のキッチン、浴室、リビングなどの空間を共有するシェアハウス。

自家用車を持たずに何名かで共同使用するカーシェアリング。

このシェアのスタイルをさらに進化させたのがアイドルエコノミーです。

アイドルとは「使用されていない」 「遊んでいる」 という意味で使われる英語の形容詞。

飲食店でお客の一番少ない時間や工場で機械が稼働していない時間帯を「アイドルタイム」と呼びます。

このような空いている店や工場を見つけ出し、それらを借りたい企業に紹介するビジネスが急成長を遂げています。

例えば、夜だけ営業している居酒屋の昼間の時間帯を貸してもらい、カレーショップを営業する。居酒屋は賃料が入り、カレーショップは設備投資なしで店ができます。

店や工場だけでなく、車やヒトのアイドルタイムを利用してのビジネスはアイデアひとつで際限なく広がっていくような気がします。

海北友松

海北友松(かいほうゆうしょう)は桃山時代の絵師ですが、その時代に活躍した狩野永徳、長谷川等伯にくらべてあまり知名度はありません。

友松は近江の浅井家の有力武将の息子として生まれます。

時は戦国時代です。3歳の時に父が戦死し浅井家は滅亡、兄達も討ち死にしました。

その後、京都・東福寺で禅僧となりますが、和尚の勧めもあり狩野派に入門します。

師匠の永徳が亡くなった後は独自の世界を展開します。

彼が画壇で頭角を現すのは60代になってからで、非常に遅咲きの絵師です。

京都・建仁寺の大方丈の間に描かれた「雲龍図」は縦2メートル近い画面の8面構成で「日本一の龍」と呼ばれています。

又、最晩年の水墨画の「月下渓流図屏風」は月明かりに照らされた春の宵の情景が見事に表されています。

上記の作品をみても友松が狩野永徳、長谷川等伯に影響を受けていることは明らかです。

しかし、友松は永徳や等伯のように自分の流派を広げようとはしませんでした。

そのようなことには関心はなかったようです。

武家出身の矜持、そして茶の湯や連歌に親しむ教養人としての誇りがそうさせたのかもしれません。

そんな海北友松の特別展覧会が京都国立博物館で4月11日から開催されています。

興味のある人は是非どうぞ。

 

エア花見

エア花見とは、飾られた桜又は桜をモチーフにしたグッズをみて、屋内で楽しむ形態の花見です。

時には桜の写真や動画を見て楽しむこともあるそうです。

通常の花見は公園等の桜が見える屋外でシートを敷いて宴会というパターンですが、寒かったり雨が降ったりという天候リスクや花粉症、場所どり等、心配事も多いのが現実です。

そこで考えられたのがエア花見です。

天候リスクや花粉症、場所どりの心配も一切なし。

エア花見のできるお店に予約して行くだけです。

「そんなのは花見じゃない」 という意見がある一方で、「それはいい」 という意見もあり賛否両論のようです。

そもそも花見の真の目的は何でしょう?

桜を見ながら皆で酒を飲むことでしょう。

それが本物の桜なのか写真なのかの違いのみで、皆で酒を飲むという目的は達成されるわけです。

それでは今度、エア花見の是非について酒を飲みながらゆっくり議論しましょうか?

ラ・ラ・ランド

「ラ・ラ・ランド」はゴールデン・グローブ賞の7部門、アカデミー賞の6部門を受賞した大ヒットミュージカル映画です。

ストーリーは売れないジャズピアニストとまだ芽の出ない女優の出会いから始まります。

ピアニストのセブは注文どうりに演奏しないので仕事が長続きしません。

女優の卵エマはオーディションに落ちてばかり。

しかし、二人の心の中は夢でいっぱいなのです。

セブはエマのために夢をあきらめようとしますが、エマはそんなセブを許せないのです。

観ている誰もが若い頃に経験したことがありそうな既視感。

美しいロサンゼルスの風景に対比して描写される厳しい現実。

夢を追うのか、現実的に妥協するのか、観客の胸に突き刺さります。

人生を振り返った時に、あの時あの決断をしていればどんな人生になっていたのだろうと思うことは誰にでもあると思います。

若い人よりも、長い人生を歩まれた人の方が心に染み入る映画かもしれません。

ハーフとダブル

最近よく耳にする英語に「ハーフ」と「ダブル」という言葉があります。

カロリーハーフやポイントダブルキャンペーンなどです。

しかし、人生の節目となる記念イベントで「ハーフ」と「ダブル」が注目されてきているようです。

まずは「ハーフバースデー」、生まれて6ヶ月を記念するイベントで、記念写真、寝相アート、手形等、SNSへの掲載意欲も高まります。

次は「ハーフ成人式」、成人式のハーフなので10歳を祝う記念日です。将来の夢を語ったり、親子で手紙を交換したりと成長が実感できるイベントです。

そして「ハーフ還暦祝い」、60歳の半分である30歳を祝うイベントで、大人として今後どのような人生を歩むのか考える年齢でもあります。

ハーフもあればダブルもあります。

「ダブル成人式」です。40歳の記念式ですが、40歳といえば仕事や家庭に忙しく、人生を顧みる時間も少ないと思われます。そんなタイミングで今後の人生を考えるのは有意義かもしれません。

いろいろな記念日にハーフとダブルをつけるのは少し違和感を感じますが、ハロウィンや恵方巻きもはじめは違和感があったと思います。

そう思うとハーフとダブルの記念日が、日本の当たり前の行事になっているかもしれません。

バブルとゆとり

バブル世代とゆとり世代は今でいう50歳前後と20歳前後を中心とした世代です。

バブル世代の有名人は小泉今日子さん、織田裕二さん、三浦知良さんらで、ゆとり世代にとっては親世代になります。

当時のバブル時代は、今の時代とくらべると同じ国の出来事なのかと思うくらい違いがあります。

・DCブランドのバーゲンに開店前から5000人が行列を作る。
・夜のタクシーをつかまえるのに1万円札をヒラヒラさせても止まってくれない。
・アッシーくんにメッシーくん、ミツグくんと献身的な男子たち。

全て30年程前の日本の国で起こった普通の出来事です。

特に就活は極端だったと思います。

採用活動解禁前に内定が続々と出る。そもそも「内定率」という言葉もない。なぜなら「内定が取れない」という事態がないくらいの超売り手市場であったので、企業の学生への接待は今では想像もつかないくらいのものでした。豪華な食事やテレホンカードなどのお土産は当り前で、就活解禁日には青田買いした学生をディズニーランドや豪華客船に招待し、他の企業へ流れるのを阻止していました。

今の感覚では考えられないことばかりです。

バブル世代が生きやすかったかというと必ずしもそうではありませんでした。

学校や成人式は荒れ、暴走族やヤンキーが幅を利かせておりました。

社会に出ると「受け身で言われたことしかしない」「自分の身の回りしか興味がない」「自主性、創造力のない没個性」「言葉づかいもしつけもダメ」と上の団塊世代から言われ「新人類」とネーミングされ叩かれてきました。

現代の 「我が社にもゆとり世代がきた」 と同じ構図です。

社会は変化していきます。たかだか30年でこの差です。

自分が生まれ育った世代は変えることはできませんが、その価値観が唯一絶対のものではないと認識することが大事です。

そして次の時代の変化に備えて考え方を柔軟にしていかなければいけません。

バブルもゆとりも歴史の中では過去の一時代に過ぎないのですから。

京都ホテルオークラ店オープン

2017年3月7日に京都ホテルオークラ店をオープン致しました。

京都ホテルオークラは京都市役所のとなりにあり、地下鉄東西線「京都市役所前駅」下車スグのところです。

弊社の店舗は地下1階のショッピングアベニュー  コンフォート内にあります。

京都ホテルの歴史は古く1888年、京都ホテルの前身である「常盤ホテル」が川端二条に建てられたのが始まりです。

京都ホテルは京都の老舗ホテルとして海外や国内のVIPをお迎えしてまいりました。

2001年にはホテルオークラと業務提携し、名称を「京都ホテルオークラ」に改めました。

そのような歴史のあるホテルに出店できたことは大変光栄に思っています。

商品構成もサロンドグレープレミアム、サロンドグレーの婦人靴、ゴールドファイルの紳士靴、バッグ、ベルト、革小物を取り揃えております。それにTUNICさんのナイトウエアや下着も一部取り扱っています。

直営店でしか買えない商品もいろいろとありますので、お近くに来られた際は是非お立ち寄り下さい。

衝撃のメードインイタリーの真実

先日、テレビの情報番組で衝撃的なイタリアの現実について放送していました。

世界にメードインイタリーとして輸出されている靴は、一部の高級ブランド以外は中国人が作っているというものです。

実際に2000年以降、イタリアの靴業界においてイタリア企業は約150社が閉鎖したのに対し、中国企業が約300社進出しているのです。

イタリアに進出した中国企業が中国人に安い賃金で作らせ、メードインイタリーとして高い値段で売っているという構図です。

でもそれらはイタリアで作られたものなので、メードインイタリーに何ら違法性はありません。

アパレルはもっとすごく、中国企業が6500社進出し、イタリアの工場で中国人が作った服を大規模な卸センターで売っています。

2000円ぐらいの手頃な価格なので、全世界からバイヤーが買いに来ます。

メードインイタリーなので世界各国で人気があるのです。

中国企業の進出でイタリアのファッション産業は大打撃を受けています。

イタリアが永年かけて育んできたセンスと技術が切り売りされているようで、心が締めつけられる思いです。

一強百弱

国内最大手のカレーチェーン店「CoCo壱番屋」

国内外で1300店舗以上の店を展開し、カレー業界では一強百弱といわれ圧倒的首位です。

その創業者の宗次徳二氏の講演会に行ってきました。

生い立ちからすごいのです。生後まもなく孤児院に預けられ、3歳で養父母に引き取られます。養父がギャンブルにのめり込み、各地を転々とする極貧生活。

小学生のころは空腹に耐えきれず、道端に生えていた雑草まで食べていたという。そんな極貧生活が「誰にも頼らずに一人で生きてゆかねば」という強い自立精神を生んだそうです。

結婚後まもなくして喫茶店「バッカス」をオープン。接客重視の方針で店は大繁盛。そのメニューの中で大人気だったカレーライスに焦点をあて、1978年カレー専門店「CoCo壱番屋」 1号店を愛知県でオープンさせます。

客が自分の好みでライスの量と辛さを選べるシステムと社員向けの独立支援制度があたり、全国各地で新規出店を加速させていきます。

おそらくライバル企業も同じようなことを展開したと思いますが、なぜ「CoCo壱番屋」だけが生き残って、その他は追随できなかったのでしょう?

それは講演の中では明確にはわからなかったのですが、自らも「日本一の変人経営者」と言ってはばからない信念の経営手法に理由があるように思います。

ライバルを一切気にせず、現場主義を貫く、そしてなによりも経営者自らが身を粉にして働くこと。

ちなみに宗次氏は朝4時55分に出社して、お客様から届いた1000通以上のアンケートを3時間半かけて読み、その後に掃除や会議、店舗巡回していたそうです。

お客様のクレームや店舗に改善のヒントがあり、ひとつひとつ実行していく。

地道な努力の継続にしか成功の道はないと改めて思いました。

爆買いも今は昔

今年の春節(中国の旧正月)シーズンも終わり、多くの中国人観光客が訪れましたが、爆買いはもうみられません。

中国人観光客が目に見えて増え始めたのは2014年後半です。

2015年、日本の小売業は対応策を練り、着実に実行していきました。

それは、WiFiの設置や中国人店員の増員、商品の中国語表記等です。

日本のお家芸は相手のことを考えて、おもてなしをすること。

2016年には大型の市中免税店が三越銀座店内や東急プラザ銀座内にオープンしました。

千客万来と思いきやもう爆買いは下火になっていました。

あまりにも早いブームの終焉です。

理由はいろいろと言われています。「中国政府の政策転換」「モノからコトへ」等々。

しかし、ブームが急にきて急に去るというのはどういうことなのでしょう。

ある中国人が当たり前のように説明していました。

「中国人の生き方はジェットコースターのように激しい。人口が日本の14倍もある中国は常に競争、勝つにはスピードが大事。売れている物や評判になっている物は人より早く手に入れたくなるが、一旦手に入れると急速に興味が下がり、次の物を探し出す」

日本人が察知して周到な用意をした頃には時すでに遅しなのです。

このような中国人の生き方のスピード感、なかなか日本人には理解できませんが、急にブームが来て急にブームが去る理由は少し理解できたような気がします。